メンズエッグ(men’s egg)とはどのような雑誌だったのか

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☑️me’segg(メンズエッグ)って何?

メンズエッグは大洋図書というちょっとだけマイナーな出版社から発行されていた、メンズファッション雑誌です。創刊当初は渋谷系の若者を中心に絶大な人気を誇り、一種の社会現象にまでなった伝説の雑誌です。men’s nonnoやBOOMなど、伝説のメンズ雑誌って呼べるものはいくつかありますが、その中でもメンズエッグだけはちょっと異質で特別なファッション雑誌でした。

メンズエッグが1999年に創刊されてから数年間で、ギャル男ファッションは一気に注目を集め、時代の象徴とも言えるファッションジャンルにまでなりました。しかしメンズエッグが提案する奇抜過ぎる渋谷ストリートファッションは、時代と共に飽きられてしまい、メンズエッグもそれに合わせて2013年11月号に休刊となりました。メンズエッグの休刊直前の発行部数は全盛期と比べると、考えられないくらいの差があったようです。

メンズエッグの人気絶頂期には、発売日である14日には渋谷で飛ぶように売れていき、街にはメンズエッグが提案するファッションを身につけたセンターGUYが溢れていました。センターGUYは名前の通り渋谷センター街でたむろする男のことで、メンズエッグ系の男を特にセンターGUYと呼んでいました。またメンズエッグの人気が最高潮だった頃には関連雑誌もいくつか出版されました。”men’s egg core” “men’s egg youth” “men’s egg bitter” “men’s egg knuckle”などはmen’seggから派生したメンズファッション雑誌です。

派生といえば、実はメンズエッグもある雑誌から派生したファッション雑誌です。メンズエッグの元となったのは、女性ファッションのギャル雑誌の草分け、eggですね。今の小悪魔アゲハのように優しいものじゃなく、ゴリゴリのギャルファッションが人気だった頃のギャルファッション雑誌です。その男性版として発行されたのが、メンズエッグなんですね。ちなみにメンズエッグの後継誌と言われているのは、異種格闘技戦での反則で有名になってしまった格闘家秋山をモデルに起用したbitterです。このbitterもmen’s egg bitterから取られて命名されたメンズファッション雑誌です。

 

 

☑️メンズエッグが残した様々な社会現象

伝説のメンズファッション雑誌メンズエッグが伝説であるワケ、それは単に発行部数であったり人気が高かったからではありません。当時メンズエッグが社会に与えた影響は非常に大きなものでした。特にメンズエッグの中で生まれた新語は、現在では広辞苑に載っているものさえあります。

例えばわたしたちが今自然に使っている”イケメン”という言葉、実はこれはメンズエッグから誕生したものです。これはあまり知られていないことですが、メンズエッグ編集者が生み出した言葉なのです。メンズエッグ読者の渋谷ギャルが使うようになり、今ではメンズエッグとはいかにも無縁な年配女性まで使うようになりました。

映画のタイトルになったり、もはや当然の単語として使用されているわけですから、メンズエッグがいかに社会に大きな影響を与えていたのかが分かると思います。その他にも”ギャル男”や”アキバ系”など、現在はすっかり定着したメンズエッグ用語はたくさんあります。メンズエッグが日本の文化や社会に与えた影響は非常に大きかったということが分かると思います。一メンズファッション雑誌がそれほど社会に影響を与えるということは非常に珍しく、そのことが今なおメンズエッグが伝説と言われる原因となりました。

また人気の高さゆえに、当時のメンズエッグの編集者の中には、タレントバリの人気を誇るものも現れました。彼らはスパンコール東宮、パンティ根津、井上キャバ男などと名乗り、モデル顔負けの端正なルックスとキャラクターの強さで、メンズエッグ読者から絶大な人気を誇っていました。そのあたりもメンズエッグ独特で、他のファッション雑誌にはないメンズエッグの特徴だったと言えます。

当時は非常に社会への影響力が強かったメンズエッグですから、イベントやパーティーの類も度々開かれていました。中でも大きかったイベントはmen’s egg Night、渋谷にあるClub atomを中心に、全国各地で開催されました。men’s egg Nightはいわゆるクラブのイベントで、メンズエッグモデルがターンテーブルを回すこともありました。当時のギャル男ミュージックと言えばトランスやサイケデリック系のものが多かったので、men’s egg Nightでもトランスやサイケが流されることが多かったようです。メンズエッグモデルや読者は、今で言うパーリーピーポーが多かったので、men’s egg Nightはものすごい盛り上がりを見せるイベントでした。

 

☑️メンズエッグってどんな雑誌だった?

メンズエッグはそもそも渋谷系のアメカジファッション誌としてスタートしましたが、メンズエッグ読者のニーズや社会の流れと共に少しづつその形を変えていき、最終的には他のファッション誌にはない独特の雑誌に生まれ変わりました。基本的にはBlack BaccaraやBuffalo Bobsなどの、タイトフィットなギャル男風ファッションを提案するファッション雑誌です。

しかし他のメンズファッション誌に比べてヘアスタイルやバラエティーページが多いという特徴を持っていました。はじめのうちは途中で少しだけ差し込まれていたバラエティーページでしたが、読者からの人気が高かったために少しづつ増えていくことになりました。メンズエッグではバラエティー番組顔負けの様々な企画を行っていて、メンズエッグモデルがタレントのように活躍していました。

人気の高かった企画には、富士山の樹海を横断するなど無茶な旅をする漢旅や、体力テストやペーパーテストでメンズエッグモデルが競う格付けshowなどがあります。この格付けという言葉も今では定着しましたが、メンズエッグではいち早く取り入れていました。このようにバラエティー色の強いモデルが多かったので、メンズエッグモデルの中にはタレントとしてテレビ出演するものもたくさんいました。今ではファッション雑誌のモデルと言えば女優やタレントになるのは当たり前ですが、当時はまだ非常に珍しいことでした。

しかし時にはちょっとやり過ぎてしまうことも多く、メンズエッグの企画には様々な抗議が殺到することもありました。テンション高めのメンズエッグモデルですから、富士山の樹海での行いであったり、過激な性的表現からありとあらゆる抗議が大洋図書には集まったと言われています。

しかし裏を返せばファッション雑誌にクレームが殺到するなんていうことは前代未聞で、そのあたりも含めてメンズエッグは伝説になったと考えられています。ただファッションであったりコーディネートを紹介する雑誌ではなく、様々な渋谷系のライフスタイルを提案したことこそが、メンズエッグが人気雑誌になった理由だと思います。4